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1981年6月4日生まれ、ベルギー出身。障害騎手だった父の影響を受け幼少期からポニーでの乗馬に親しむ。進路を決める時は料理人と騎手とで迷ったが、フランスに渡って騎手を志す。1997年8月に16歳でセドリック・ブータン厩舎からデビューするとすぐに頭角を現し、2001年にプールデッセデプーラン(仏2000ギニー)でG1初制覇。その後2度(2003年ダラカニ、2008年ザルカヴァ)の凱旋門賞制覇を含み、フランスの主要G1はすべて制しており、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS、ブリーダーズカップターフ、ジャパンカップ、香港マイル、ドバイシーマクラシックなど世界中で数々のG1を勝利している。2012、13年にフランスへ遠征した日本の三冠馬オルフェーヴルのフランスでの全4戦に騎乗しフォワ賞を連覇、凱旋門賞は2年連続2着だった。2003、05、06、11、12、13、14、15年にフランスリーディングを獲得。2013年には228勝でフランスの年間最多勝利記録を樹立。2013年5月17日にはシャンティイで通算2000勝を達成。31歳11か月での到達は史上最速・最年少だった。現在はアガ・カーン4世殿下と優先騎乗契約を結んでいる。2016年の主な勝ち鞍には愛チャンピオンS、ガネー賞、ドバイゴールドカップなどがある。
1973年1月12日生まれ。フランスのマイエンヌ出身。父は大理石職人の家庭に生まれ、物心ついたころからポニーレースに参加するうち競馬への関心が高まり競馬学校に入学。1989年パトリック・ビアンコーヌ厩舎からデビュー。最優秀見習い騎手に贈られるエトリエドールを受賞するなど、並外れた騎乗センスで瞬く間にトップジョッキーの仲間入りを果たし、1996、97、99、2000年にフランスリーディングを獲得。1996〜98年にかけて史上2人目となる凱旋門賞3連覇の偉業を達成。凱旋門賞では2012年にソレミアで通算4勝目を挙げたが、これはJ.ドワイヤベール、F.ヘッド、Y.サンマルタン、P.エデリー、T.ジャルネ、L.デットーリ と並ぶ最多タイ記録となっている。親日家としても知られ、フランスのデビュー戦での騎乗馬がサクラフトシだったというエピソードも。1994年にヤングジョッキーズワールドチャンピオンシップで初来日すると、同年から短期免許制度を利用して2009年まで毎年欠かさずに来日。1995年から14年連続でJRAの重賞競走を優勝、有馬記念3連覇(2002〜04年)を含むGI・12勝を挙げるなど華々しい活躍で日本競馬を盛り上げた。誰もが認めるフランス競馬の第一人者であり、これまでに世界各国で勝利したG1は110勝以上。現在はカタールのモハメド・ビン・ハリファ・アル・サーニ殿下と騎乗契約を結び、同殿下の主戦ジョッキーとしてワールドワイドに活動を続けている。
1992年12月21日生まれ。フランスのパレルモニアル出身。父は障害の元騎手・調教師として活躍したマーク・ブドー。14歳で競馬学校に入学し、2009年に名門アンドレ・ファーブル厩舎から見習い騎手としてデビュー。減量が取れる通算70勝のラインにわずか1年4か月でスピード到達するとその後も着実にステップアップし、昨年はC.スミヨン騎手と同数の年間179勝を挙げて見事フランスリーディングのタイトルを分け合った。2016年は自身最高のペースで白星を量産しており、7月23日に年間150勝を突破。リーディング首位を独走中で、スミヨンの持つ年間最多勝記録(228勝)の更新も射程圏に入ってきた。173センチの長身で減量の苦労は絶えないが、ファンからはペーセー(P-Cのフランス語読み)の愛称で親しまれ、フランス競馬の未来を担う騎手として競馬サークルの期待は非常に高い。これまでの主な勝ち鞍にパリ大賞、ジャックルマロワ賞、ロートシルト賞などがある。
(文:沢田康文)
(2016年9月現在)