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アイルランドにおいて近代競馬の基礎が整えられたのは18世紀のことだ。基本的にはひと足先に競馬の近代化を進めていたイギリス(当時アイルランドを支配していた)を模倣していったもので、アイルランドにおける競馬統括機関として長く機能したターフクラブへとつながる組織が18世紀半ばに誕生すると(ターフクラブに改名されたのは1784年頃)、1790年にはレーシングカレンダー(競走成績書。ルールも掲載)も発刊された。
19世紀に入ると平地競馬はキルデア州のカラ競馬場を中心に大きく発展。同競馬場ではイギリス王室から賞金や賞品が授与されるロイヤルプレート競走が数多く行われたほか(同様の競走は17世紀のチャールズⅡ世の時代から行われており、非常に重要なレースだった)、1821年には当時のイギリス国王ジョージⅣ世がカラ競馬場に来訪。現在は芝2000メートルのG3として行われ、2024年はハーツクライ産駒のコンティニュアスが制したロイヤルホイップSはこの時にジョージⅣ世から黄金で装飾された鞭(ホイップ)が贈られたことを記念して創設されたレースである。また1866年にはカラ競馬場に愛ダービーが創設された。
20世紀に入った1907年にはオービー(フレデリック・マッケイブ厩舎)が英ダービーに優勝。それまでにもアイルランド産馬はイギリスで英ダービーを含む数多くの大レースを制していたが、アイルランド調教馬による英ダービー優勝はこれが初めて。アイルランドの競馬全体がイギリスに肩を並べる水準にまで上がってきたことを示した。その後、アイルランドの競馬は第一次世界大戦、イギリスとの独立戦争、アイルランド内戦、第二次世界大戦、イギリス連邦からの独立などを経験しながらも成熟。現在ではイギリス、フランスと並んで、ヨーロッパを代表する競馬大国となっている。
なお、アイルランドは障害競馬(スティープルチェイス)の発祥の地とされており、1752年にアイルランドのコークで教会の尖塔(スティープル)を、障害物を飛越しながら目指した競走(チェイス)がその起源。アイルランドでは今も障害競馬が非常に盛んで、平地競馬と障害競馬(スティープルチェイス以外に、ハードル、障害馬のための平地競走であるナショナルハントフラットも含む)のレース数を比べると、1373レースと1504レースで障害競馬の方が多く、平均入場者数の比較でも障害競馬が上回るほど(2023年のデータ)。パンチズタウンゴールドCやパンチズタウンチャンピオンハードルなど12の障害G1を4月末から5月頭の5日間でまとめて行うパンチズタウン競馬場のパンチズタウンフェスティバル、それに平地と障害の混合開催ではあるが、障害のゴールウェイプレートやゴールウェイハードルをメインにして7月末から8月頭に連続7日間にわたって開催されるゴールウェイサマーフェスティバルは毎年のべ10万人を超す大観衆を集めるビッグイベントとなっている。
現在、アイルランドにおける競馬は2001年に発足したホースレーシングアイルランドによって統括されており(規律および免許部門はそれまでの平地競馬におけるターフクラブと障害競馬のアイリッシュナショナルハントスティープルチェイスコミッティーの役割を引き継ぐ形で2018年1月に誕生したアイリッシュホースレーシングレギュラトリーボードが担当)、サラブレッドの平地および障害競馬が行われている競馬場は全部で26を数える(イギリス領北アイルランドにあるものの、ホースレーシングアイルランドが統括するダウンロイヤル競馬場とダウンパトリック競馬場も含む数字)。
競馬は年間を通して行われているが(開催しない日もある)、平地競馬のハイシーズンとなるのは5月から9月。その中心となっているのは平地競馬専門の競馬場であるカラ競馬場で、5月の愛2000ギニー、愛1000ギニー、6月の愛ダービー、そして7月の愛オークスと3歳クラシックレースの全て(9月のG1・愛セントレジャーは3歳以上)に加え、春の重要な中距離戦であるタタソールズゴールドCなどアイルランドに全部で13ある平地のG1のうち、11までが行われる。
また、レパーズタウン競馬場(平地・障害兼用)も重要な位置を占める競馬場で、残る2つの平地G1、つまりアイルランドにおける中距離王者決定戦であるアイリッシュチャンピオンSと3歳以上牝馬によるマイル戦である愛メイトロンSを9月上旬から中旬の同じ日に開催している。この開催日は2日間連続(土曜・日曜)で計6つのG1レースが組まれ、アイルランドにおける平地競馬のハイライトとなっているアイリッシュチャンピオンズフェスティバルの初日(2日目はカラ競馬場に場所を移して開催)にあたる。
アイルランドはサラブレッドの生産も非常に盛んだ。アイルランドの馬産はかつて種付け料収入が非課税とされるなど大規模な優遇措置が取られていたこともあり大きく発展。40年近く続いたその措置は2008年7月に終了したが、今でもクールモア、ゴドルフィンなどが大規模な牧場を経営しており、その生産頭数(2023年)は9569頭でアメリカ(推定1万8500頭)、オーストラリア(推定1万2907頭)に続く世界第3位。ヨーロッパではナンバーワンを誇る(フランスが5091頭、イギリスが4510頭)。なお、アイルランドの種牡馬統計は、歴史的にイギリスとの関係が不可分であったことと、今も極めて密接な関係にあることから、イギリスと併せた形で今も発表されるのがスタンダードとなっている。
文:秋山 響(TPC)
(2024年9月現在)