2008年売却育成馬で実施した育成研究

【要約】
 JRAは生産育成に係わる技術開発・調査研究およびその成果の普及を目的とし、07年の1歳市場において育成馬(80頭)を購買し、日高(56頭)および宮崎(24頭)育成牧場において馴致・調教を実施した。その後、08年4月のJRAブリーズアップセール(58頭)、民間市場(18頭)において、計76頭を売却(未売却馬4頭の内訳:乗馬1、研究馬1、繁殖用研究馬2)した。売却から1年が経過し、次世代の新馬戦がスタートしたことから、この世代の中央競馬における競走成績を検証した。
 売却馬76頭のうち、中央登録馬は63頭(非登録馬13頭:地方7、韓国3、所属不明3)であった。09年5月末までに59頭が出走し、17頭が計23勝をあげた。この成績は過去3年間の平均勝利数(13.7頭18勝)に比較して良好であり、特に日高牡馬の活躍が顕著であった。これは、本世代の育成方針である「早期に有酸素運動能力を向上させる調教法」の有効性を裏付けると考えられた。
 一方、疾病関連調査においては、臨床症状がみられない飛節部OCDは、手術を適応する必要がないこと、売却時に確認されていた疾病の多くは、競走に影響しないことなどがわかった。また、近位種子骨(前肢)の異常グレードが高い馬(1頭)が、同肢の繋靱帯不全断裂を発症した。このことは、近位種子骨グレードの高い馬は繋靱帯(脚)炎の発症リスクが高いという、従来の疫学成績を裏付けた。

【育成調教】
1. 調教方針
  2歳2月までに有酸素運動能力を向上させる調教法は、出走時期の早期化を可能にすることが知られている。そこで、07−08育成馬は、例年より1ヶ月以上早い1歳12月から調教量を増加する調教法を採用した。なお、牝馬は冬季にエストロジェンなどの性ホルモン分泌が低下し、トレーニングによる除脂肪体重量の増加が少ないことから、牡馬より軽度の運動負荷としたが、例年の同時期に比較して速度を増加させた。
2. 調教実施状況
  日高牡馬は1歳12月の調教距離・速度を例年より高め、週2回坂路2本(2本目の最後2ハロンをF18−18秒)とした(昨年同時期:週2回坂路1本(最後2ハロンをF20−20秒))。牝馬は例年と同様の距離であったが、速度を速めて週1回坂路1本(最後2ハロンをF20−20秒)とした(昨年同時期:週1回坂路1本(最後2ハロンをF22−22秒))。
宮崎は、1歳12月に1,600m馬場で3F60秒を切る強めの調教を実施した(昨年同時期:3F75秒)。しかし、運動器障害が危惧される育成馬が複数頭出現したことから、年明け以降の調教は速度をあげられず、3F60秒程度の調教に留まった(昨年同時期:3F55−50秒)。
3. 有酸素運動能力の評価
  有酸素運動能力の評価は、V200値により実施した。日高の3歳2月および4月のV200値は、牡牝ともに過去9年間の平均値に比較して高く(図1)、その増加率も例年より高値を示した。このことから、日高では例年に比較して、有酸素運動能力を高める調教が実施できたといえる。 一方、宮崎では牡牝ともに12月のV200値は例年より高かったが、調教強度が低下した1〜3月までは例年のように上昇せず、3月は過去3年間の最低値となった(図2)。このことから、宮崎では1〜3月の調教負荷が不十分であり、十分に有酸素運動能力を向上させられなかったといえる。
4. 競走成績
  日高牡馬は2・3歳いずれも良好な競走成績であり、特に勝ち上がり率および平均獲得賞金は、例年に比較して高値を示した(表1、2)。また、初出走までの平均日数は、過去4年間で最短であった(図3)。一方、日高牝馬の2歳成績は、勝ち上がり率、平均獲得賞金、ともに例年より低下した(表1)。ただし、3歳の勝ち上がり頭数が増加して、3歳5月末までの成績は例年並みとなった(表2)。初出走までの平均日数は、牡馬同様、過去4年間で最短であった(図3)。
宮崎牡馬は、3歳5月末まででは概ね例年並みであったが(表2)、2歳時は不振であり、勝ち馬が1頭もでなかった(表1)。牝馬も不振であり、3歳5月末までの勝ち上がり馬は1頭のみであり、平均獲得賞金も例年より低かった(表2)。また、初出走までの平均日数は、牡・牝ともに例年より長く、過去4年間で最長であった(図3)。
5. 考察
  例年より早い1歳12月から2歳4月までの期間、強め調教を負荷できた日高牡馬の競走成績は、例年に比較して良好であった。これに対し、2歳1月から3月までの調教負荷が不十分であった宮崎牡馬の2歳時の競走成績は、例年に比較して悪かった。このことから、育成期間中に強い調教負荷を継続してかけられないと、十分な有酸素運動能力の向上が得られず、競走成績も悪いことが示唆された。今後も、1歳12月から強い調教を継続して実施することにより、有酸素運動能力を向上させる調教法に取り組みたい。
一方、日高牝馬は走速度面で例年より強い調教負荷を課した。その結果、V200値は例年より高値を示し、出走時期の早期化が可能となったが、2歳時の競走成績は例年に比較して低下した。このことから、牝馬に対する早期からの強め調教の有用性は明らかにできなかった。今後は、運動と成長に関連するホルモンであるプロラクチン測定などを指標とし、牝馬の冬期間における調教方法を検討していきたい。

図1.V200値の推移(日高)
  図1.V200値の推移(日高)
   
図2.V200値の推移(宮崎)
  図2.V200値の推移(宮崎)
   
表1.競走成績比較(2歳まで)
  表1.競走成績比較(2歳まで)
   
表2.競走成績比較(3歳5月まで)
  表2.競走成績比較(3歳5月まで)
   
図3.初出走までに要した日数の比較
  図3.初出走までに要した日数の比較

【疾病関連調査】
1. 概況
  売却馬76頭のうち、中央登録馬は63頭(非登録馬13頭の内訳:地方7頭、韓国3頭、所属不明3頭)であり、この63頭を対象とし、08年5月末までに発症した競走期疾病を調査した。
1) 抹消馬
16頭が抹消された。その理由は、白血病による死亡1頭繋靭帯断裂1頭屈腱断裂2頭屈腱炎4頭腕節部骨折1頭種子骨々折1頭不明6頭であった。
2) 未出走馬
4頭が未出走であった。その理由は、腕節部骨折、球節炎、屈腱周囲炎、その他(各1頭)であった。
3) 競走馬事故見舞金受給馬
13頭が事故見舞金を受給した。受給理由は、上記抹消馬(10頭)以外の3頭は、すべて浅屈腱炎による受給であった。
※内訳:死亡1頭繋靭帯断裂1頭屈腱断裂2頭屈腱炎7頭腕節部骨折1頭種子骨々折1頭
2. 個別調査項目
 
1) 近位種子骨のX線検査
中央登録馬63頭のうち近位種子骨(前肢)にみられる異常グレード3は0頭、グレード2は4頭であった。この4頭はいずれも出走し、2頭が計3勝をあげた。このうち1頭は、2勝目をあげた競走中に、左前繋靱帯不全断裂および左前近位種子骨々折(同種子骨:グレード2)を併発した。このことは、近位種子骨(前肢)の異常グレードが高い馬は繋靱帯炎を発症しやすい、という従来の疫学成績を裏付けた。
2) 内視鏡検査所見
中央登録馬63頭のうち、LHグレード2は1頭、グレード1は15頭であった。この16頭のうち14頭が出走し、3頭が勝ち上がった。また、異常呼吸音を理由に内視鏡検査を実施した馬はいなかった。なお、LHグレード2の1頭は、5月末時点でも中央登録されていない。
3) 屈腱部の超音波検査
中央登録馬63頭のうち、売却時に屈腱部が太目である有所見馬は2頭であった。この2頭はいずれも出走し、1頭が勝ち上がった。5月末までに、屈腱炎等の屈腱疾患の発症歴はみられない。
4) 飛節部のOCD調査
中央登録馬63頭のうち、飛節部のOCDが確認された馬は3頭であった。この3頭はいずれも飛節軟腫などの臨床症状がみられなかったことから、手術を適応することなく売却された。これら3頭はすべて出走し、1頭が勝ち上がった。また、5月末までに飛節炎や飛節軟腫の発症歴、あるいは飛節部のX線検査歴はみられない。このことから、飛節部にOCDを有しても、飛節軟腫などの臨床所見がみられない場合は、手術を適応する必要がないことが示唆された。
5) その他疾病関係
ブリーズアップセールで個体情報開示のために配布した『育成馬個体情報』に掲載された病歴のうち、競走期に開示情報に関連した疾病を発症したと推測される馬は、2頭(左寛跛行、すくみ)であった。この2頭はいずれも出走し、1頭が勝ち上がった。このことから、売却時に個体情報として開示した病歴が、必ずしも競走期に影響を及ぼすものではないことが示唆された。