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馬名
トウショウボーイ
父
テスコボーイ
母
ソシアルバターフライ
性別
牡
毛色
鹿毛
生年月日
1973年4月15日
生産牧場
藤正牧場
馬名
ミスターシービー
父
トウショウボーイ
母
シービークイン
性別
牡
毛色
黒鹿毛
生年月日
1980年4月7日
生産牧場
千明牧場

レース成績・映像

    15戦10勝

    現役期間

    1976年~1977年

    開催日レース名開催場所着順騎手コース
    距離
    タイムレース映像
    1976年1月31日新馬東京1池上 昌弘芝14001:24.7
    1976年2月22日つくし賞東京1池上 昌弘ダ14001:24.8
    1976年3月20日れんげ賞中山1池上 昌弘芝18001:51.9
    1976年4月25日皐月賞東京1池上 昌弘芝20002:01.6
    1976年5月30日日本ダービー東京2池上 昌弘芝24002:27.8
    1976年7月11日札幌記念札幌2池上 昌弘ダ20002:03.5
    1976年10月3日神戸新聞杯阪神1福永 洋一芝20001:58.9
    1976年10月24日京都新聞杯阪神1福永 洋一芝20002:02.2
    1976年11月14日菊花賞京都3福永 洋一芝30003:10.7
    1976年12月19日有馬記念中山1武 邦彦芝25002:34.0
    1977年6月5日 宝塚記念阪神1武 邦彦芝22002:13.0
    1977年6月26日高松宮杯中京1武 邦彦芝20002:03.8
    1977年10月23日オープン中山1黛 幸弘芝16001:33.6
    1977年11月27日天皇賞(秋)東京7武 邦彦芝32003:23.8
    1977年12月18日有馬記念中山2武 邦彦芝25002:35.5

    15戦8勝

    現役期間

    1982年~1985年

    開催日レース名開催場所着順騎手コース
    距離
    タイムレース映像
    1982年11月6日新馬東京1吉永 正人芝16001:38.5
    1982年12月4日黒松賞中山1吉永 正人芝16001:36.3
    1982年12月25日ひいらぎ賞中山2吉永 正人芝18001:50.4
    1983年2月13日共同通信杯4歳S東京1吉永 正人芝18001:49.5
    1983年3月6日弥生賞中山1吉永 正人芝18001:50.2
    1983年4月17日皐月賞中山1吉永 正人芝20002:08.3
    1983年5月29日日本ダービー東京1吉永 正人芝24002:29.5
    1983年10月23日京都新聞杯京都4吉永 正人芝20002:03.2
    1983年11月13日菊花賞京都1吉永 正人芝30003:08.1
    1984年10月7日毎日王冠東京2吉永 正人芝18001:47.5
    1984年10月28日天皇賞(秋)東京1吉永 正人芝20001:59.3
    1984年11月25日ジャパンカップ東京10吉永 正人芝24002:28.2
    1984年12月23日有馬記念中山3吉永 正人芝25002:33.3
    1985年3月31日サンケイ大阪杯阪神2吉永 正人芝20002:01.4
    1985年4月29日天皇賞(春)京都5吉永 正人芝32003:22.3

5代血統表

その走りは、天馬と称された

  • トウショウボーイはスピードの塊のような競走馬だった。雄大な馬体から繰り出すフットワークは軽快で、有馬記念を含む3戦で中央競馬新記録を更新した。空を駆けるような走りを見せるトウショウボーイはいつしか「天馬」と呼ばれるようになっていた。
  • 英国生まれのテスコボーイを父、米国生まれのソシアルバターフライを母に持つトウショウボーイは1973年4月15日に北海道静内(現新ひだか町)の藤正牧場(トウショウ牧場)で生まれた。藤正牧場は馬主であり、参議院議長も務めた藤田正明氏が1965年に開設した牧場だ。
  • 牧場長の沼田正弘氏は牧場ができた1965年に米国に渡り、基礎になるような繁殖牝馬を探し求めた。カリフォルニアで巡り合ったのがソシアルバターフライだった。沼田場長は3日間、通い詰め、直談判して購入に成功したという。そんなソシアルバターフライとテスコボーイの組み合わせからトウショウボーイは誕生した。
  • ▲ かつてのトウショウ牧場

    S.Sakaguchi

  • デビューは1976年1月31日の東京競馬場だった。芝1400メートルの新馬戦。18頭立ての18番枠からスタートしたトウショウボーイは2着に3馬身差をつけて快勝した。その後も2連勝し、3戦全勝の成績で皐月賞に向かった。だが4月18日に中山競馬場の芝2000メートルで行われるはずだった皐月賞は1週間延期され、場所も東京競馬場の芝2000メートルに変わった。厩務員組合のストライキが理由だった。急な予定変更にもかかわらず、トウショウボーイは皐月賞を制した。ライバルと目されていた1番人気のテンポイントに5馬身差をつける圧勝だった。
  • 圧倒的な1番人気に支持された日本ダービーはクライムカイザーに敗れて2着。三冠レースの最終戦、菊花賞もグリーングラスの3着に終わったものの、3歳最終戦となった有馬記念で本来の実力を発揮する。
  • 天皇賞馬が3頭も参戦する層の厚いメンバーの中、ファン投票で1位、レースでも1番人気になったのがトウショウボーイだった。結果もトウショウボーイの完勝だった。初めてコンビを組んだ武邦彦騎手とともに気持ちよく好位置を走り、最後の直線で早めに先頭に立つとテンポイント以下を下し、2分34秒0(中山競馬場芝2500メートル)の中央競馬新記録で優勝した。この勝利がものをいい、1976年の年度代表馬に選ばれた。
  • ▲ 種牡馬時代のトウショウボーイ

▲ かつてのトウショウ牧場

S.Sakaguchi

▲ 種牡馬時代のトウショウボーイ

牧場のとっておきがシンザン以来の三冠制覇

  • ミスターシービーはとっておきの馬名だ。千明牧場(Chigira Bokujo)の生産馬には頭文字の「シービー」が付けられることが多い。その中でも牧場を代表する牡馬に付けるため温めてあったのがミスターシービーだった。1937年、第6回日本ダービーには、千明牧場生産の初代ミスターシービーが出走して10着になった記録が残る。2代目のミスターシービーは、46年後の第50回日本ダービーで優勝を果たすことになる。
  • 夢のあるロマンチックな配合からミスターシービーは生まれた。父はトウショウボーイ、母はシービークイン。1973年生まれの同期生である。そればかりではない。1976年1月31日の新馬戦で一緒にデビューしたもの同士という間柄だ。勝ったのはトウショウボーイ、シービークインは5着だった。小学校の同級生が結婚し、二人の間にこどもが生まれたような関係だ。
  • ミスターシービーの馬主であり千明牧場の代表である千明大作氏は当時の取材に、トウショウボーイとシービークインの配合で強烈な逃げ馬をつくろうと考えたと答えている。トウショウボーイも速い馬だったが、シービークインも先行して粘り強く、毎日王冠や京王杯スプリングハンデキャップでは、牡馬相手に重賞勝ちを収めたほどの快速馬だった。
  • 群馬県片品村に本場がある千明牧場は、千葉と北海道に繁殖牝馬を置いていた。多くの種牡馬がいる馬産地での生産を優先したからだ。ミスターシービーは北海道の牧場で生まれ、1歳の5月に群馬の千明牧場に移った。デビューするまで、そこで鍛えられた。
  • ▲ 1983年頃の千明牧場

    T.Kawamoto

  • 2歳11月のデビューから2連勝したが、3戦目で初黒星を喫する。年が明けて3歳になると、後方一気の追い込み戦法が板についてきた。共同通信杯4歳S(当時のレース名)、弥生賞と重賞2連勝を果たした。不良馬場で行われた皐月賞でも悪コンディションをものともせずに優勝。続く日本ダービーも力の違いを見せて1着になった。千明牧場はスゲヌマ(1938年)、メイズイ(1963年)に次ぐ3頭目のダービー制覇だった。夏は蹄の不安や夏風邪に悩まされたが、なんとか調子を取り戻し、菊花賞でも怒涛の追い込みで快勝。シンザン以来19年ぶりの三冠を達成した。三冠制覇が評価され、ミスターシービーは1983年の年度代表馬に輝いた。
  • ミスターシービーが父トウショウボーイ譲りのスピードを発揮したのが1984年の天皇賞(秋)だった。前哨戦の毎日王冠で11カ月ぶりの復帰を果たしていたミスターシービーは万全の態勢だった。この年から天皇賞(秋)は前年までの3200メートルから2000メートルに距離を短縮して行われた。最後の直線で鮮やかに追い込むと1分59秒3というコースレコードで快勝した。天馬の遺伝子が花開いた瞬間だった。
  • (文・有吉正徳)
  • ▲ 種牡馬時代のミスターシービー

▲ 1983年頃の千明牧場

T.Kawamoto

▲ 種牡馬時代のミスターシービー

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