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東西でクラシックレース出走を目指す戦いが続いています。今週、中山競馬場では皐月賞トライアルのスプリングSが行われますが、3枚の切符を手にするのは果たしてどの馬か。本賞金の少ない馬にとってはまさにここが本番となるだけに、迫力十分の叩き合いが楽しめそうですね。
昭和27年に創設され、今年で52回目の施行となるスプリングSは、これまで優勝馬51頭の中から11頭の皐月賞優勝馬、10頭の同2着馬が出ている本番につながる重要な一戦です。
今回の優勝馬物語の主役であるサニーライトは、このスプリングSの昭和61年の優勝馬。この馬の場合は皐月賞に出走していないのですが、これは降雪による1週順延でスプリングSと皐月賞が中1週のレース間隔になってしまったため、関係者が馬に無理をさせるのはやめようと考え、皐月賞を回避したものでした。
サニーライト以外の優勝馬の中でも皐月賞を回避した馬は6頭(除外馬1頭含む)いますが、いずれも怪我や直前のアクシデントで皐月賞への出走を回避した馬たちで、サニーライトのようなケースはまれ。有力馬として皐月賞という大舞台を踏むチャンスを捨てているのですから、それだけでも関係者のサニーライトへの思いが伝わってきます。
サニーライトは父がリィフォー、母がダディダンフィ産駒の中央3勝馬クリコスモという血統で、昭和58年2月に北海道登別市のユートピア牧場で生まれました。
牧場時代は小柄ながら同期で最も目を引く均整の取れた好馬体の持ち主だったそうで、追い運動でもしっかりとした伸び脚を披露。この年の牧場の同期には15頭ほどがいたそうですが、牧場ではこの馬に最も大きな期待をかけていたのだそうです。
順調に育成期間を終えたサニーライトは、美浦の吉野勇きゅう舎へ入きゅうし、昭和60年11月に東京競馬場の芝1800メートル戦でデビュー。12頭中9番人気と低い評価での出走でしたが、直線一気の豪快な末脚で見事に初戦勝ちを果たしています。
低評価を覆す快走で牧場期待の能力を見せたサニーライトは、昇級3戦目で1勝クラスも突破。吉野調教師は馬の距離適性を早い時期から中・長距離と判断し、デビュー戦からすべて1800メートル以上の距離にサニーライトを出走させていました。当然、出走権が取れれば皐月賞、ダービーといったビッグレースが春の最大目標になるわけですが、“まだまだ成長する馬。本格化するのは秋だ”と吉野調教師は考えており、クラシックレースに出走するために無理をすることだけはしないつもりでいたのでした。
ただ、3歳2月の時点で2勝目をあげ、中・長距離に適性のある馬となれば、オープン昇級後に出走するレースはやはり、クラシックに結び付くものになってしまいます。サニーライトのオープン初戦は皐月賞トライアルのスプリングSと決まり、クラシック候補と評判のダイナガリバー、アサヒエンペラーといった強豪相手に力試しをすることになったのでした。
ところが、このスプリングSが大雪のために1週順延となってしまい、前述の強豪2頭を含む4頭が出走を回避。吉野調教師はサニーライトの出走を決めたものの、当日、2週続けて競馬場に輸送されたサニーライトを見て、前週より少し馬の気配が落ちていると感じました。
当日の中山競馬場は重馬場のコンディションながら、道悪は苦にしないタイプのサニーライトにとってはむしろ好材料と言える馬場状態。出走馬は関西馬4頭を含む12頭で、サニーライトは関西の評判馬フミノアプローズ、カツラギハイデンに次ぐ3番人気の評価でレースを迎えました。
「あんまり後ろからは行かずに、前で競馬をするように」
と吉野調教師から指示を受けた大塚栄三郎騎手は、好スタートから素早く2番手の好位置をキープ。ペースを落とさず逃げるバーニングダイナを射程圏に入れながら、直後に控える関西2騎の出方をうかがうレースになりました。
直線入口でフミノアプローズが内から仕掛けて先頭を奪いにかかりますが、バーニングダイナはこれを二枚腰で逆に突き放して先頭を死守。好位でレースを進めていたカツラギハイデンは伸び脚を欠き、バーニングダイナは直線の坂を力強く駆け上がり、ゴールを目指してラストスパートに入りました。
逃げ切り濃厚と思われたバーニングダイナですが、ここに外から襲いかかったのがサニーライト。手ごたえの良さから直線で外に出し、一旦は前の馬との差が開いたものの、大塚騎手は手綱に伝わる感触からバーニングダイナをつかまえるだけの脚がサニーライトに残っていることを確信していました。最後の力を振り絞って懸命の粘りを見せたバーニングダイナですが、満を持して追い出しにかかったサニーライトに馬体を併されると、これをはね返すだけの余力はありません。最後にぐいっと半馬身前に出たサニーライトが、先頭で重賞初制覇のゴールを駆け抜けました。
中1週のレース間隔でも、スプリングSを勝ってしまえば皐月賞を使いたくなるのが人情というものですが、吉野調教師はあっさりと皐月賞回避を決め、中3週でダービーに臨める青葉賞(ダービー指定オープン)にサニーライトを出走させます。1番人気にこたえてグランパズドリーム以下に楽勝したサニーライトは、5番人気の評価でダービーに出走。結果は11着と振るわなかったものの、元々は秋になって本格化すると見ていた馬だけに、吉野調教師、大塚騎手ともに、この成績にも落胆の気持ちはなかったことでしょう。
しかし、残念ながらサニーライトは関係者が待ち望んだ飛躍のときを迎える前に、思わぬアクシデントで命を断たれることになります。
セントライト記念3着、京都新聞杯2着と調子を上げて臨んだ菊花賞のレース中、直後にいた馬に乗りかかられ脚部を負傷。最高の状態に仕上げられ、抜群の手ごたえで走っていたことが悲しいことに裏目となってしまい、サニーライトは行き脚が止まらず脚部に負った傷をさらに深くしてしまったのでした。
ようやく、2周目の4コーナーでレースを終えたサニーライトは、右後肢に繋靭帯断裂、屈腱不全断裂、第1、2趾関節脱臼という手の施しようのない傷を負っていました。関係者にできることは、馬の苦痛を少しでも早くなくすために、安楽死の処置をしてもらうほかはなかったのです。デビュー戦からサニーライトの手綱を取り続けてきた大塚騎手が、悔しさにあふれる涙を止められなかったと聞きますが、馬の本格化を焦らず待った関係者の苦労と辛抱を思えば、それも当然のことでしょう。
未完の大器サニーライト。関係者ならずとも、その完成した一流馬の走りを見たかったものです。
※年齢は新表記。
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