オースミロッチ (平成4年 京都大賞典) 2001.10.5更新
   
     
 
 今週末の京都競馬場では、メインレースに秋の天皇賞へ向けての注目の一戦、京都大賞典が行われます。少頭数になってしまったのは残念ですが、テイエムオペラオー、ナリタトップロード、ステイゴールドなど、今年も上位を形成する馬たちの顔触れはなかなか豪華。絶好の馬場状態を舞台に、見ごたえのある好勝負が期待できそうですね。 
 過去の優勝馬に素晴らしい名馬たちが名を連ねるこの京都大賞典。今回の優勝馬物語の主役であるオースミロッチは、同レースの平成4年の優勝馬です。同馬には競走生活で獲得したGIタイトルはありませんが、現役時代に同馬を管理した中尾正調教師、主戦を務めた松本達也騎手にとっては、生涯忘れることのできない思い出の馬のはずです。 

 中尾調教師夫人の弘子さんの訃報にきゅう舎が悲しみに包まれた平成4年の秋。弘子さんの死去から間もなく行われた京都大賞典で、オースミロッチは強敵相手に見事な圧勝劇を演じて見せました。
「かあちゃんが一番喜んでくれるやろ」
レース後、こう言って中尾調教師は笑顔を見せましたが、きゅう舎スタッフに悲しみを乗り越える力を、オースミロッチは京都大賞典の優勝という形で与えたのでした。 


 オースミロッチは父アーテイアス、母がファバージ産駒のロッチアイという血統で、昭和62年4月に北海道門別町の野島牧場で生まれました。曾祖母にオークス、有馬記念を制したスターロッチのいる母系は藤原牧場の看板血統ですが、野島春男場主が藤原牧場に頼み込んで、ようやく手に入れた牝馬が後にオースミロッチの母となるロッチアイ。
「スターロッチ系牝馬は本来なら外に出さないものなんですが、それを承知で何度もお願いに上がり、渋る藤原祥三さん(故人)を必死に口説き落としたんです。最終的には相手が根負けした格好でした」
と笑う野島場主。 

 繁殖牝馬としての期待が大きいため、競走馬として無理をさせないよう地方競馬に所属させ、20戦3勝の成績で繁殖入り。2番目の子供として生まれたのがオースミロッチでした。
「ロッチアイは非力でダート向きの馬じゃなかった。勝ち星はすべて雨が降って馬場がしまったときに上げたもので、芝でこそ持ち味の生きる馬だった。もし芝で走っていたら、競走成績はこんなもんじゃなかったはずですよ」
と、野島場主が言うロッチアイの血を受け継ぐオースミロッチは、中央で一度もダート戦に出走することなく芝のレースで活躍。2歳秋に脚部を骨折して10ヵ月半の休養、4歳春にも左トモの骨折で9ヵ月の休養と競走馬としての危機はありましたが、2回目の骨折までに4勝をマーク。休養からの復帰後は重賞戦線を舞台に堅実な成績を残し、野島牧場のスタッフを喜ばせました。 

 復帰直後は重賞でも自己条件の準オープン戦でも勝ち切れない詰めの甘さが目立ったオースミロッチですが、5歳2戦目、格上挑戦のすばるSでオープン初勝利をあげると、勢いに乗って連闘で出走した京都記念を鮮やかに逃げ切り重賞初制覇。
「展開に恵まれたが、後続に差を詰めさせることなく危な気ない内容。これだけの上がりを使われたら、どんなに強い馬でも届かないですよ」
このレースで初めてオースミロッチに騎乗した田原成貴騎手がこう絶賛したほど、京都記念の勝ちっぷりは見事なものでした。 

 田原騎手に手綱が移るまでは、武豊騎手が主戦を務めていたオースミロッチですが、5歳春の宝塚記念からは引退まで松本達也騎手が主戦を務めるようになります。松本騎手は昭和63年まで中尾きゅう舎に所属しており、見習時代の8年間を同きゅう舎で過ごしていますが、オースミロッチとコンビを組むようになって3戦目の京都大賞典の直前、見習時代に母親代わりになって面倒を見てくれた弘子さんの早過ぎる死を知ったのでした。 
 京都大賞典には外国産の強豪馬ヒシマサルが出走予定でしたが、“奥さんのためにも、なにがなんでも勝ちたい!”と、懸命に勝つための作戦を練った松本騎手。幸い、夏を調整休養に充て、京都大賞典が秋初戦となるオースミロッチの状態は良く、松本騎手は気合十分にレースの当日を迎えたのでした。 

 開幕週の京都競馬場は、芝の生え揃った抜群の状態。先行抜け出しの形で最も力を発揮するオースミロッチには、またとない最高の舞台になりました。元々、それまでの6勝すべてを京都コースであげている京都巧者のオースミロッチだけに、単勝1.3倍の断然人気を背負うヒシマサル相手でも、乗り方次第で勝機は十分にあると松本騎手は考えていました。 
 末脚の威力は間違いなく超一流のヒシマサルですが、道中の追走振りは決して楽ではないのが特徴。相手のエンジンがかかる前に早目のスパートで抜け出し、直線で一気に差を広げる、これが松本騎手の作戦でした。 

 レースはメジロパーマーがペースメーカーを務め、オースミロッチは2番手を追走。ヒシマサルはこれまでのレース同様、後方から鞍上が手綱をしごいての追走になります。3コーナー過ぎにメジロパーマーの手ごたえが怪しくなると、松本騎手はすかさずオースミロッチにゴーサイン。直線に入ると一気に先頭を奪い、後続との差を広げにかかります。
 普通なら早仕掛けと思えるこの乗り方が見事にはまり、猛烈な追い上げを見せたヒシマサルに1馬身1/4差をつけて先頭ゴール。オースミロッチも最高の走りを見せたレースですが、ライバルの唯一の弱点を巧みについた松本騎手の好騎乗が光ったレースでした。

「ヒシマサルの影が見えたときには、ひやりとさせられました。ゴールを過ぎてから脳裏に奥さんの姿が浮かんできて、涙が後から後からあふれてきました。今日はきっと、奥さんがこの馬に力を与えてくれたんだと思います」
いつもは陽気な松本騎手も、レース後は涙で声が詰まりがち。中尾調教師は、
「妻がどこかで応援してくれていたのかもしれませんね。私の弟子にあたる達也で重賞を勝てたし、これで少しは妻の供養になるでしょう。この1勝は、いろんな意味で心に残る勝ち星ですね」
と、柔らかな笑顔を見せました。
 多くのファンにとっては、重賞2勝馬と言っても地味な存在だったオースミロッチ。しかし、中尾調教師や松本騎手、きゅう舎の関係者にとっては、いつまでも記憶に残る思い出の名馬なのです。



※年齢は新表記。