レース概要

世界トップクラスのダート競走

ドバイワールドカップ(G1、ダート2000m)は、毎年3月末に5つのG1を含む8つのサラブレッドによる重賞(ほかにアラブのG1が1つ)を行う「ドバイワールドカップデー」のメインレース。ダートにおける世界最高峰のひとつで、国際競馬統括機関連盟(IFHA)が発表した2016年の「世界のトップ100 G1レース」では全体でも第15位タイ、ダートのレースとしては第3位の評価を受けている。その総賞金1000万アメリカドル(約11億7000万円。1アメリカドル=117円で換算)は、同じくドバイワールドカップ開催で行われるドバイシーマクラシックとドバイターフ(ともにG1)を400万ドルも上回るドバイナンバーワン。2017年にアメリカでペガサスワールドカップ(G1、総賞金1200万ドル)が創設されるまでは世界最高賞金レースの座にもあった。

ドバイワールドカップが創設されたのは1996年のこと。世界最高のレースをドバイで開催することを目指したドバイのモハメド殿下(現ドバイ首長)の発案によるものだった。記念すべき第1回のレースは当時の世界最高賞金となる総賞金400万ドルをかけて、ナドアルシバ競馬場のダート2000mを舞台に争われ、前年のブリーダーズカップクラシック(G1)を制してアメリカ年度代表馬に選ばれたばかりのシガーが、アメリカでの調教中に挫傷するアクシデントを乗り越えて見事に優勝。このスターホースの勝利が、当時競馬開催国としては世界でほとんど知られていなかったドバイでスタートしたドバイワールドカップの成功を決定づけた。

その後、第2回を前年のジャパンカップ(GI)の勝ち馬であるシングスピールが制すと、その翌年(1998年)には準重賞から一足飛びにG1に昇格。2000年には、デビュー前に調教の動きを見たモハメド殿下が「ミレニアム(2000年)のドバイワールドカップを勝つのはこの馬」と宣言して、ヤゼールから改名したドバイミレニアムがコースレコードを塗り替えて6馬身差で圧勝した。 その後、2010年にはナドアルシバ競馬場(廃場)から現在のメイダン競馬場へと開催場が移り、同時にダートからオールウェザーに変更となったが、2015年からは再びダートに回帰。2016年には2014年と2016年のアメリカ年度代表馬カリフォルニアクロームが完勝を収めた。

日本馬は第1回からライブリマウントが参戦(6着)。第2回ではホクトベガがレース中に転倒して亡くなるという悲しい出来事もあったが、それ以降もほぼ毎年のように出走。オールウェザーでの開催だった2011年にはヴィクトワールピサとトランセンドがワンツーフィニッシュを決めたほか、ダート時代の2001年にはトゥザヴィクトリーが逃げて2着に健闘している。

文:秋山響(TPC)

  • 1996年 優勝馬シガー

  • 2011年 優勝馬ヴィクトワールピサ

メイダン競馬場・ダート2000m

シャティン競馬場・芝2000mのコース図

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