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有力騎手、調教師、馬主、種牡馬紹介

種牡馬(有力騎手、調教師、馬主、種牡馬紹介)

  • タピット Tapit

    • 父:Pulpit
    • 母:Tap Your Heels
    • 2001年2月27日生まれ

    1996年秋、日本の生産者がケンタッキーで繋養されていたアンブライドルドに興味を示していた。これに対抗するため、クレイボーンファームと米国の有力馬主であるリチャード・サントゥリが提携し、強固なシンジケートを再編成。そんな思い入れもあってサントゥリは、翌年夏の1歳せりで彎膝(膝が前に出てくの字型をしている脚)気味のアンブライドルド牝駒を購入し、自身の競馬事業体ジェフビーステーブルでこれを管理する。これが現在北米のリーディングサイヤーである本馬の母、タップユアヒールズである。同馬は2歳時にステークス競走に優勝し、重賞でも2回入着。引退後の2000年にエーピーインディの後継種牡馬として期待されていたプルピットと交配し、翌年に初仔として本馬が生まれた。1歳時にウィンチェル家へ売却され、メリーランド州のマイケル・ディッキンソン厩舎に預けられた。2歳時は2戦全勝でG3ローレルフューチュリティに優勝。翌年は呼吸器疾患を患い素質を開花させたとは言い難かったが、ケンタッキーダービーの重要な前哨戦であるG1ウッドメモリアルSに優勝している。同年秋に引退し、ケンタッキー州ゲインズウェーファームで種牡馬入りした。初年度産駒は94頭。その中から日本のテスタマッタを含む4頭がG1馬となった。初期の産駒は牝馬に活躍馬が多いと言われたが、持って生まれた遺伝力は性別や芝・ダートを問わずあらゆるジャンルの競馬で活躍馬を輩出しており、現在、最も北米競馬界で注目される種牡馬である。

  • ウォーフロント War Front

    • 父:Danzig
    • 母:Starry Dreamer
    • 2002年2月11日生まれ

    新聞印刷業で財を成したジョセフ・アレンは、共同経営者であった従弟のピーター・ブラントの影響でサラブレッドを所有し始め、彼と交際があった老舗のクレイボーンファームに所有繁殖牝馬を預託するようになった。同場に繋養されていた名種牡馬ダンジグに、自身が所有していたステークス競走勝ち馬ステイリードリーマーを交配して生まれたのが、本馬である。しかし、ウォーフロントを「ダンジグ晩年の傑作」と呼ぶまでには、やや時間を要した。というのは、G2戦に優勝しているものの、13戦4勝と全体的には「勝ちきれない馬」という印象が強く、加えて、父譲りの極めて小さな馬体も、種牡馬としての門出に不安を残した。初年度産駒は75頭とG1未勝利のケンタッキー州繋養馬としてはまずまずのスタートだったが、産駒数は3年後に41頭まで減少。2016年は交配料が20万ドルだが、当時は1万ドルまで下げても交配馬が見つけ難かったのである。そうした生産地の冷遇下にあって、初年度産駒からザファクターが短距離ダート路線で頭角を現した。加えて、ウォーニングフラッグが遠く香港でG1馬に育ち、これらの産駒の活躍と共に交配牝馬に恵まれるようになった。特筆すべきは欧米双方の芝のG1戦線に活躍馬を出し始めたことで、これによってアイルランドのクールモアスタッドが本馬を「金鉱の源」と判断し、最良の牝馬群を本馬と交配させ、せりでも本馬産駒を買い集め、ウォーフロントブームが巻き起こっている。基本的には短距離系種牡馬と考えられていたが、交配牝馬層の変化により中距離以上をこなすものが増え、しかも欧州の芝にも対応。“Sire of Sires(種牡馬を生む種牡馬)”としても期待されている。

  • メダリアドロ Medaglia d’Oro

    • 父:El Prado
    • 母:Cappucino Bay
    • 1999年4月11日生まれ

    アメリカンドリームを体現した種牡馬だ。父エルプラドは欧州の名種牡馬サドラーズウェルズ産駒で、アイルランドの最優秀2歳牡馬に選出されたが、当時の米国では芝馬を軽視する傾向が若干見られた。母のカプチーノベイもマイナーなステークス競走に優勝した程度であり、不人気の両親の間に生まれたメダリアドロは1歳秋にサラブレッド繋養地としてはマイナーなアリゾナ州へ送られてしまう。西部を脱したのは競走年齢に達してからで、ケンタッキー州でデビューする。転機は明け3歳の早春。未勝利戦脱出後、その内容の良さから米国の有力馬主エドモンド・ガンに購入されると、西海岸の伯楽ロバート・フランケルが調教師として指名され、重賞戦線に名乗りを上げる。17戦8勝、そのうちG1競走3勝を記録しているが、種牡馬候補としてはさほど注目を集めずに現役引退時に売却され、ケンタッキー州のヒルンデールファームで1年間供用後、当時の馬主が開設した同州内のストーンウォールファームへ移動。初産駒の出来の良さが各せりで評判になると、これに注目したドバイのモハメド殿下に売却されて、種牡馬としてスター街道を一気に駆け上がった。初年度産駒からは、牡馬を一蹴して一般誌の表紙を飾るまでに人気を博した名牝レイチェルアレキサンドラを送り出し、以後、100頭以上のステークス競走勝ち馬の父となっている。父エルプラド譲りの雄大な馬格は本馬を通して産駒に引き継がれており、これも米国競馬人に支持される理由のひとつとなっている。リーディングサイヤー級の種牡馬としては珍しく、豪州向けのシャトル種牡馬として現在も供用されている。

(文:吉田直哉)
(文中敬称略)

(2016年9月27日現在)

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